Lost Knight
〜迷子の騎士〜
月を見て、綺麗だと言うと、
お前は愚かだ、という言葉が返ってきた。
問い返そうとしたが、その顔がとてもとてもつらそうに歪んでいるのを見て、
言葉を返すことができなかった。
その人の目は、限りない憎しみに燃えていて、
それでも、あたしを見ている目はとても愛しそうだった。
広間を後にし、軍のテントへと向かう道のり。
さっきの広間での興奮がまだ余韻を残しているのか、誰も口を開かない。
ユウヤをちらりと盗み見ると大あくびをしながらだるそうに進んでいる。
その顔を見て、前にもこういうことあったな、と自然に感じた。
まだ、誰にも言ってはいないがここに来てから、ミナミは少しずつ記憶を
取り戻してきているのだ。
ルーシャと会っていたことは少ないようで、あまり思い出すこともなかったが、
アリーナのことは少し思い出してきていた。
と、いっても挨拶を交わす程度だったようだが。
しかし、ユウヤとの記憶のほうが二人よりも多いようだった。
朧気だが、一緒に遊んだことがあったことを覚えている。
不思議だな、と思いつつユウヤの顔をもう一度盗み見る。
だるそうに進むその姿が小さい頃と重なる。
小さな頃から、こんなひねくれた性格だったのだろうか。
それと、ほんの少しながら母親の顔も微かだが思い出してきた。
そして、一番よく覚えている謎の男。
年齢不詳の背の高い男だった。
父親なのだろうか、と思うが確証はない。
そういえば、誰からもミナミの父親の話を聞いていない。
死んでしまっているのかもしれない。だとしたら聞くのは気まずいな。
そう思い、誰かから聞くまで自分から聞くのはやめようと決めた。
「着きました。ここが軍の大テントです」
ルーシャの声に顔をあげ、テントを見る。
「………テント?」
テントというにはあまりに豪華すぎるテント型の建物。
とにかく巨大。その後ろのは少し小さめの豪華なテントが6つ。
「何、呆けてんの?」
ユウヤの後ろ頭をはたかれた。
「い、いてぇ…。夢じゃない…」
「は?」
「いや、なんでも…」
「ミナミ、入るわよ」
アリーナが静かにテントに入っていく。
後を追って、ルーシャが。
「…入れよ」
入るのを少し躊躇しているとユウヤが苛々したように言う。
「い、いや…なんか、緊張して」
「ふぅん」
じゃあ、と言ってユウヤがミナミの手首を掴む。
ぐいっと引っ張られ、引きずられるようにしてテントの中に滑り込んだ。
むん、と熱気のある空気が顔にかかる。
恐る恐る前を見るとギラギラとした目つきの男たちがこちらを見ていた。
その中の一人、少し年輩の無精ひげを生やした男が口を開いた。
「よう。姫さん方。こんなむさい男部屋にようこそ。何の用だい?」
「おはよう、キガ。ちょっと挨拶にね」
アリーナが答えると、「そーか」と言って男はニカッと笑った。
目上の者に対する態度ではなかったが、なぜか無礼な感じはなかった。
「ミナミ」
呼びかけられて、前に出る。
さきほどの広間のときよりも緊張はしていない。
このむさい雰囲気のほうが緊張がほぐれるのかもしれない。
「えーっと。ミナミ・ディーパンです。昨日帰ってきました。よろしく」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
一拍おいて、さっきのキガという男が口を開いた。
「ほぉ。あんたが俺らの指揮官なわけだな。俺はキガ・オルガ。
接近戦第3部隊副隊長だ。よろしくな。お嬢ちゃん」
「キガ、少しは丁寧に喋ったらどうなの。ミナミは一応指揮官よ」
アリーナが厳しい口調で言う。
キガが少し馬鹿にするように鼻で笑った。
「アリーナ嬢、確かにあんたは正しいこと言ってるさ。
俺の口調は上のモンに喋る口調じゃねぇよな。わかってるさ」
だけどな、と笑いを引っ込めて真面目な口調になる。
「俺らはあんたらのお母さんの代から戦争に出てるんだ。
あんたらよりは戦争をわかってる。
そして、あんたらは何もわかっちゃいない。戦争のことをな。
そんな奴に丁寧に喋る口は持ち合わせちゃいねぇ。少なくとも俺はな」
キガがミナミを見据える。
「お嬢ちゃん、あんたは戦争の何を知ってる?戦争の何がわかる?
俺はあんたを指揮官だと認めねぇ。あんたみたいな、小娘の言うことは
一切聞くつもりはない。それだけをよーく覚えとけ」
「キガっ。いいかげんにしなさい」
アリーナの怒声にテントの中が怯んだ。それほど迫力があったのだ。
それでも、キガは全く動じていなかった。無表情にアリーナを見つめている。
「もう、いいわ。行きましょう」
アリーナが背を向け、テントを出ていこうとする。
他の者も後に続いたが、ミナミだけはその場を動かなかった。
怪訝な顔をするテントの人々を見据えてすっと息を吸うと、ミナミは怒鳴った。
「悪いか、こんちくしょぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
テント中、あるいは城の敷地内全体に響き渡るくらいの大声だった。
アリーナの怒声に動じなかったキガも目をぱちくりさせている。
「知らねぇよ!知ってるわけねぇだろーがっ!
うちの国は超平和主義、みんな仲良くしましょう文化だったんだよっ!
知らねぇよ!これっぽっちもわかんねぇよ、戦争のことなんか!」
じろりと陰気な目つきでキガを睨んでやると、怯えるように後ろへ引く。
「おい、じじい。あたしのこと、さっきなんて呼んだ?」
「……?」
「あたしのこと、なんて呼んだか聞いてんだよ!このくされ耳じじいが!
いっぺんで聞き取れ!その耳は飾りか!耳の形したゾウリムシか!」
「お、お嬢ちゃん」
「馬鹿野郎!その後だ、くそじじい!」
キガが困惑した顔で少し考える。そして、ぽつりと
「小娘?」
「おっせぇんだよ!とろいんだよ!思い出すのに何分かかってんだ!」
「ちょ、ちょっとミナ…」
「あたしは!」
アリーナの制止の声を遮って、ミナミはさらに声を張り上げた。
「あたしは小娘なんかじゃない!あたしはミナミ・ディーパンだ!
馬鹿にすんな!もう一回言う!あたしはミナミディーパンだ!」
キガから視線を外し、テント中を見回す。
「あたしは、何も知らない!何もわからない!」
知らない、わからない。何も。でも、それでも…。
「あたしは、強く強くなるんだ!誰よりも、何よりも!
そんで、あたしのこの手でくだらない戦争終わらせてやる!」
歓声の中で、誓った。仲間と共に、強くなる。
「あたしはまだ弱くて、でも足と手と頭があるんだから、何かできるはずだ。
でも、あたし一人じゃできない。だから、あんたらの力が欲しい」
いつの間にか、普通の音量に戻っている。
それでも、テントの中には充分に響き渡っていた。
「あたしのこと認めてくれなくていい。従わなくていいんだ。
あたしが間違ってるなら、間違ってるって言ってくれ。
ほんの少しでいいんだ。あたし、おまえらに力を貸してもらいたい」
急激に、超人のごとく強くなれるはずがない。
すぐに、能力を使い戦えるわけではない。
自分一人では、どこにも進むことができないのだ。
人一人の両手で抱えきれるモノなんて、ほんの少ししかない。
だから、こぼれ落ちたモノを拾って、支えてくれる両手がほしい。
そして、一緒に歩いてくれる仲間がほしい。
スッと、ミナミの手に触れるものがあった。
「…わかりました。私でよければ、お力になります」
ルーシャの手がミナミの手に重なる。
その手を、ありがとうと言うように強く握った。
「…ミナミ、見事な啖呵を切ったわね。しごくわよ」
「うん。怖そうだな」
くすりと笑うと、アリーナも笑った。
静寂がテントの中を包んだ。
「悪かった。馬鹿にしたわけじゃない」
キガが小さく言った。
「別に。あたしこそ、なんかくそじじいとか言った気がする。ごめん」
「口が悪いな、嬢ちゃんは」
苦笑いするキガに、にやりと笑いかけてやった。
「まぁね」
「嬢ちゃん。あんたを認めんことにかわりはない。
だが、力を貸してやろう。俺のとこで、剣術を学べ」
えっと両側でルーシャとアリーナが驚きの声を上げる。
テントの中にもどよめきが起こる。
「キガさん、お前さんもう弟子は持たねぇって…」
キガと同年代くらいの男が声を上げる。
「気が変わったんだ。その代わり、俺は女だからって容赦しねぇ。
男になったつもりで来い。弱音吐いたらそこまでだ」
「…いいのか?」
「あぁ。明日からだ。朝起きたらすぐ、このテント前に来い」
「うぃっすっ。ありがと。おっさん」
素直に礼を言うとキガはそっぽを向いて片手をあげた。
照れているのかもしれない。
「ミナミ、そろそろ行きましょう」
ルーシャが言い、テントの人々に一礼して出ていく。
アリーナがその後に続く。
「じゃあ、明日な。おっさん」
軽く手を振って、ミナミもテントを出る。
すーっと気持ちの良い風が頬をなでる。
認められたわけではないが、キガの申し出が何より嬉しかった。
頑張ろう。支えてくれる人がこんなにもいるのだから。
「なぁ。おっさんが剣術教えるってのはそんなにめずらしいことなのか?」
長い、綺麗な廊下を汚さないようそろりそろりと歩きながら、
ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
テント中のみんなが驚いていた。ルーシャとアリーナやユウヤまで。
ナータの表情はいまいちわかりにくいが、少しだけ眉が上に上がったのを
確認している。錯覚かもしれないが。
ミナミの疑問にはすぐ隣にいたユウヤが少し興奮気味に答えた。
「当たり前だろ。めずらしいに決まってるよ。
あの人、この城で、もしくはもっと広い世界で1番強い人だよ。
俺も一回だけ、せがんでせがんでせがみ倒してお手合わせしてもらった」
「どうだったんだ?」
「俺も一応結構な腕だと思うんだけど、あの人の前じゃ塵みたいなもんだよ。
歯がたたないっていうんじゃない。俺には歯がなかったんだ」
「あぁ。なるほど。歯がないからふぉへふぉへ言ってんだ」
「うん。そうそう。…って馬鹿にすんな」
ユウヤの視線をかわしつつ、今度は別の疑問を口にする。
「そういえば、あたしの母さんってどんな病気なんだ?」
一瞬全員の動きがピタリと止まる。
「え、何。そんな気まずい病気なのか?」
「ま、まずいっていうか…」
ユウヤが気まずそうにルーシャやアリーナに目をやる。
アリーナとルーシャは目を見合わせ、少し困ったように眉を寄せている。
自分はあたりまえの疑問を口にしたと思ったのだが、そんなにいいにくい
ことだったのだろうか。あまりに重すぎて言い出しにくいのだろうか。
意を決したアリーナが控えめに口を開いた。
「ミナミ、あのね。あなたのお母様のご病気はね、呪いなのよ」
「呪い?」
思わず聞き返すと、アリーナがこくんと頷く。
「あなたのお母様は、あなたのお父様のせいで呪いにかけられたの」
「お、おとーさん…?」
ふと、よく夢に出てくる背の高い謎の男のことを思いだした。
あれは、父親なのだろうか。
「あなたのお父様はね、こういうのもなんだけど、とにかく非道い人だったの。
ナプレ様とは常に対立していたし、あなたのことも、自分の子と思って
ないような感じだったらしいわ。
でも、武術にとても長けていてね、キガと互角くらいだったそうよ」
自分の子のように思わない人。
では、あの夢の男ではないな、と考え直す。
あの男のミナミを見る目は親が子に向けるような優しいものだった。
「あなたが4歳くらいのころ、あなたのお父様は人を殺したわ」
心臓が縮み上がった。
人を、殺した。
この世界では珍しいことではないのかもしれない。
なにせ、今は戦争中だ。死なない人がいないほうがおかしい。
しかし、自分もいつか人の命を奪ってしまうときがくるのかもしれないと思うと
気が重くなる。できれば、絶対にそんなことはしたくない。
沈んだ心を無理矢理奮い立たせる。
唇を堅く結んで、アリーナの次の言葉を待った。
今、そんなことで悩んでいる場合ではないのだ。
「殺された人物は、アスナ・フィルネの統率者、火の能力者だったわ。
それと、その夫」
「え、じゃ、じゃあ、それで戦争は終わったんじゃないのか?」
統率者を欠いた状態で戦争を続けるのは困難だろう。
今まで、統率していたのもが急にいなくなると、まとまりがなくなり、
混乱に陥ってしまうのではないのか。
アリーナは残念そうに首をふる。
「いいえ。そのころにはもう、後継者が生まれていたの。
そのころあなたと同い年で、もちろん国を治めるなんてことはできない。
しかも、目の前で両親を殺されたショックで口を利けなくなったのよ」
「目の前?」
「えぇ。目の前で両親を殺され、自らも殺されそうになったのよ。
そこに運良く駆けつけた他の能力者たちのおかげで助かったらしいけど。
とりあえず、私たちは休戦することにした。
でも、その翌年にあなたが姿を消し、アスナの姫も姿を消したわ」
「お、とーさん、はどうなったんだ?」
ミナミがお父さんの単語を言いにくそうに言う。
「殺されたわ。暗殺よ。それと同時にナプレ様は呪いを受けた。
アスナには呪術者がいるのよ。頭も回る、むかつく奴でね。
そいつが、ナプレ様に呪いをかけたわ。
決して、楽には死ねない。死にそうなくらいの発作が起こっても、
ぎりぎりのところでいつも持ちこたえてしまう。
苦しみのあまり、自ら命を絶とうとすると、体中の骨が折れ、
意識を失わないまま、死んでいく。どんなに苦しくても、意識だけはあるの。
とても、苦しい呪いよ」
アリーナが唇を強くかむ。
ルーシャが静かに俯いて、涙をこらえている。
そして、顔を上げミナミの目を捉えた。
「ミナミ。私は、私は一度だけナプレ様の発作を見たことがあるんです」
涙がこぼれないように、奥歯を必死にかみしめているのがわかった。
「ナプレ様は気丈な方です。でも、強いわけではないのです」
あたしの母さんは幸せ者なんだな、とミナミは思った。
こんなに自分を心配してくれている人たちがいる。
きっと、どんなに苦しくても、あたしの母さんは不幸じゃないんだ。
「ルーシャ」
「はい」
「だいじょーぶ。あたし、母さんの呪いも絶対に解くよ」
にっと笑うと、ルーシャも安心したように笑った。
「よしっ。じゃあ、母さんに会いに行こう」
努めて明るく言うとそうね、とアリーナが薄く笑った。
「こちらです」
目の縁を赤くし、涙のなごりを残したルーシャが先導する。
やがて、大きな赤銅色の扉についた。
「こちらが、ナプレ様のお部屋です」
ルーシャが言い、そっと扉に手をかけようとする。
それを、アリーナが止め、ミナミの方へ向く。
「ここからは、あなた一人で行きなさい」
「え」
「母子の感動の再会よ。私たちはここで待ってるから」
「……ん。りょーかい。行って来る」
短く答えて、扉に手をかける。
感動の再会っていうか、あたしはお初にお目にかかるんだけどね。
心の中で小さく笑いながら、扉をゆっくり押した。
ふふふふっふっふー。久々のあっぷです。
しかも、話全然進展してません。そして、いつもながら駄文です。
もう、何も言うことはありません。
あえて言うならば、ごめんなさい、の一言です。
ってゆーか、生きててごめんなさい。こんなもの書いててごめんなさい。
次回はもーちょい進められるといいですネ(人ごと